社長個人のお金を会社へ入れる前に決める上限
2026.07.15
目次
結論: 入れてよい額は、会社の必要額からではなく、家族に残す額から決める
役員報酬を下げ、個人の預金を取り崩して会社の支払いを支えている経営者に向けた記事です。
個人のお金を会社へ入れてよい上限は、「会社にあといくら必要か」からは決めません。「家族の生活費として守る額」と「再出発に必要な額」を先に確保し、残りが上限です。
説明用の仮定です。社長個人の預金が1,200万円、家族の月間生活費が35万円だとします。生活費を12か月分(420万円)守り、引越しや納税、生活の立て直しに使う再出発資金を180万円とすると、会社へ入れてよい上限は600万円です。
会社側は、営業資金収支が月40万円のマイナス、借入元金返済が月60万円で、毎月100万円ずつ現金が減っているとします。上限600万円を100万円で割ると6か月。個人資金で支えられるのは6か月です。毎月100万円ずつ個人預金が会社へ移り、給料日と月末支払日のある週に不足が集中します。
| 確認する数字 | 計算 | 判断 |
|---|---|---|
| 守る生活費 | 35万円 × 12か月 = 420万円 | 先に確保する。会社へ入れない |
| 再出発資金 | 180万円 | 先に確保する。会社へ入れない |
| 投入上限 | 1,200万円 – 420万円 – 180万円 = 600万円 | ここまでしか入れない |
| 会社の月間資金不足 | 40万円 + 60万円 = 100万円 | 営業資金収支と元金返済を分けて見る |
| 支えられる月数 | 600万円 ÷ 100万円 = 6か月 | この期間内に改善へ向かうかで判断 |
実務判断として、この6か月は「延命できる期間」ではなく「資金繰りが改善へ向かうかを見極める期間」です。6か月で何を変えるかが決まっていないなら、入れる前に立ち止まるべきです。
個人のお金を入れても、資金不足の構造は変わらない
個人資金の投入は、売上でも粗利でもありません。会社の営業資金収支がマイナスのままなら、入れたお金は毎月同じペースで消えていきます。
1回目の投入には意味がある場合があります。大口入金前のつなぎ、一時的な支払い集中への対応です。危険なのは、2回目、3回目と同じ規模の投入を繰り返す状態です。これは臨時の対応ではなく、営業資金収支が足りていない構造がそのまま残っている状態です。売掛金の前倒しを繰り返すファクタリングと同じで、繰り返した時点で構造的な資金不足と見るべきです。
貸付か、贈与か、曖昧なまま入れない
個人のお金を会社へ入れるときは、貸付(役員借入金)なのか、増資なのか、処理を明確にします。貸付なら、金銭消費貸借の記録、振込の記録、帳簿への計上を残します。
曖昧なまま現金を移すと、後で税務の説明に困るだけでなく、金融機関との交渉や保証債務の整理の場面でも、会社と個人のお金の区分ができていない会社と見られます。経営者保証を外す場面でも、法人と経営者の資産の明確な区分は基本の要件とされています。
会社へ貸したお金は、相続では「財産」として評価され得る
見落とされやすい落とし穴があります。社長が会社へ貸したお金は、社長個人から見れば貸付金債権です。国税庁の財産評価基本通達204では、貸付金債権は原則として元本と利息の合計額で評価するとされています。
回収が不可能又は著しく困難と見込まれる場合には元本に算入しない扱い(同205)もありますが、例示されているのは手形交換所の取引停止処分、更生・再生・破産手続開始の決定、事業廃止や6か月以上の休業といった限定的な場面です。会社の業績が悪いというだけでは、該当すると判断されない可能性があります。
つまり、会社から返してもらえる見込みが薄いお金に、相続の場面で税負担が生じる可能性があります。個別の判断は税理士など専門家の確認が必要ですが、「入れたお金は返ってこないかもしれない上に、財産としては残り続けるかもしれない」という非対称は、入れる前に知っておくべきです。
上限は「守る生活費」と「撤退期限」から逆算する
上限の決め方を手順にします。
| 手順 | やること | 例(説明用の仮定) |
|---|---|---|
| 1 | 家族の月間生活費を書き出す(住居費・教育費・保険・食費) | 35万円 |
| 2 | 何か月分を守るか決める | 12か月 = 420万円 |
| 3 | 再出発資金を決める(引越し・納税・生活の立て直し) | 180万円 |
| 4 | 個人の金融資産から2と3の額を引いた残りが投入上限 | 1,200万円 – 420万円 – 180万円 = 600万円 |
| 5 | 上限を会社の月間資金不足額で割る | 600万円 ÷ 100万円 = 6か月 |
手順5で出た月数が、個人資金で支えられる期間です。この期間の終わりが、撤退や方向転換を含めて判断する期限の候補になります。
撤退期限は「お金が尽きる日」ではなく「判断する日」
期限を「上限に達した日」に置くと、判断するときには個人資金がすでにありません。上限到達の2〜3か月前に判断日を置き、その時点で資金繰りが改善へ向かっているかを見ます。改善へ向かっていなければ、残りの投入をやめ、事業の縮小・譲渡・廃業を含めた選択肢を検討します。
決めた上限と判断日は、家族と共有してください。守る対象は会社だけではなく、家族の生活と、その後に生きる余地です。
個人資金の投入は、他の選択肢と同じ資金繰り表で比較する
個人資金の投入は、単独で決めません。同じ資金繰り表の上で、リスケ、固定費削減、税・社会保険料の分納相談、事業縮小と比較します。
説明用の仮定の続きです。リスケの相談がまとまり、借入元金返済の月60万円が止まれば、月間資金不足は100万円から40万円に減ります。同じ600万円の個人資金で支えられる期間は、6か月から15か月に延びます。個人資金を入れる前に金融機関へ相談する価値がある、という比較です。
金融庁等は金融機関に対し、資金繰り相談への丁寧・親身な対応と、既往債務の条件変更や借換え等への迅速かつ柔軟な対応を要請しています。個別の承認が保証されるわけではありませんが、個人預金を注ぎ込んでから相談するより、残っているうちに相談するほうが選択肢は多く残ります。
| 選択肢 | 現金への効き方 | 見るべき限界 |
|---|---|---|
| 個人資金の投入 | 即日、会社の現金が増える | 資金不足の構造は変わらない。家族の資産が減る |
| リスケ | 元金返済の流出が止まる | 金融機関の承認と改善計画が必要 |
| 固定費削減 | 毎月の必要粗利が下がる | 効果の発生まで時間がかかる |
| 税・社保の分納相談 | 一括流出を平準化する | 放置すると差押えの危険。早期の相談が前提 |
| 事業縮小・撤退 | 資金不足そのものを止める | 決断と準備の期間が必要 |
実務判断として、個人資金は「他の選択肢の検討時間を買うためのお金」です。構造を変える施策とセットでないなら、入れた分だけ家族の資産が減って終わります。
最後に何が残るかの「下限」を知ってから、上限を決める
上限を決める前提として、最悪の場面で制度上何が残るかを知っておきます。
会社が倒産し、経営者保証の履行を求められた場合でも、経営者保証に関するガイドライン(全国銀行協会と日本商工会議所が策定した自主的なルール)に基づく保証債務の整理では、破産時の自由財産にあたる99万円は原則として経営者の手元に残るとされています。事業再生等に早く着手して金融機関の回収見込額が増えた場合には、年齢等に応じて約100万円から360万円の一定期間の生活費を残すことや、華美でない自宅に住み続けられるようにすることを金融機関が検討するとされています。返済し切れない保証債務の残額は原則として免除するとされています。
99万円という数字は、破産法34条が定める「破産財団に属しない金銭」(民事執行法施行令の66万円に2分の3を乗じた額)から来ています。裁判所が自由財産の範囲を拡張する制度もあります。
ただし、ガイドラインには法的拘束力がなく、適用するかどうかの最終判断は金融機関に委ねられています。生活費や自宅が残ることが保証されているわけではありません。だからこそ、制度上の下限だけを頼りに個人資産を注ぎ切るのではなく、その手前で自分の上限を決めておく必要があります。
早く動くほど残せる可能性が広がる、という制度の構造は、投入を続けて判断を遅らせるほど家族に残るものが減っていく、ということでもあります。
今週やること: 3つの数字を書き出してから決める
個人のお金を入れるかどうかを迷っているなら、今週、次の3つを書き出してください。
| 書き出す数字 | 使う資料 |
|---|---|
| 家族の月間生活費と守る月数 | 家計の支出一覧、教育費の予定 |
| 個人の金融資産と、これまでに入れた額 | 預金残高、保険、役員借入金の残高 |
| 会社の月間資金不足額 | 13週間資金繰り表、返済予定表 |
この3つが揃えば、投入上限と判断日は計算で出せます。逆に、どれか1つでも書き出せない状態で追加の投入をするのは、上限のない延命です。
すでに個人預金を取り崩し始めていて、上限を決めないまま2回目、3回目の投入が近づいている場合は、投入する前の段階で一度相談してください。残っている個人資金の額によって、取れる選択肢の数が変わります。
参考資料
- 中小企業庁「経営者保証」
- 全国銀行協会「経営者保証に関するガイドライン」
- 国税庁 財産評価基本通達 第8章(貸付金債権の評価204・205)
- 金融庁「金融の円滑化に向けた取組及び事業者支援の徹底について」
- e-Gov法令検索「破産法」
- e-Gov法令検索「民事執行法施行令」
<この記事の著者・運営者>
事業再生コンサルティング株式会社
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